Column - コラム一覧

2017年7月

鳥取県って皆様も御存知の様に7番目に小さい県で、人口は最小ですよネ。でもでも全国で暮らし易さ一番の市が米子市だという事御存知ですか?確か15年前は全国でベスト10に入っていてその時でも驚いたのですが、今年は堂々と1位です。何が?どうして?と思われますか?イエ、私はなるほど!!と納得しています。総合的な評価なので、劣っている点や不満に思う点も多々ありますよネ。近隣の鳥取市や松江市と比べた時、両市とも県庁所在地で経済面、文化面等は米子市より勝っています。でも生活し易さから言うと米子市は物価が安いのです。特に不動産は米子市は面積が一番小さく町がコンパクトにまとまっています。人口一人当たりの医療機関や美容室の多さ、以前は喫茶店(カフェではなく…)の数もランキング上位でした。近距離に行きたい場所がまとまっています。そして中心地がコンパクトかつ地代が安く、遠方に行かなくてもこの範囲で住居が持てます。そして三市の中で一番海と山が身近で市内どこからでも30分圏内で日本海や大山に行けますよネ。日本海から大山が見えるのは誰も知っていますが大山のスキー場から日本海を見下ろす景色は絶景です!そして交通の便も良く自然災害も少ない土地です。他県から来て御主人が単身赴任されても米子に住居を構える方が多いというのもよく聞く話ですネ。米子市は本当に地代が安く、戸建てを考えた時、鳥取市、松江市で建てるのと一千万円くらいの開きがあります。
そんな環境に恵まれている米子市に住んでいる私はもちろん米子が好きです。TVで「○○へ帰ろう!」「やっぱり○○へ!」とIターンUターンを呼びかける自治体のCMを良く見ますが私も大賛成です。若者よ故郷へ帰っておいでよ!と真剣に思っています。都会の便利さ、裕福さより地方の自然の良さや心のゆとりの方が勝っていると思っています。そして家が大好きな私はこんな暮らしが出来るのは米子だからだと思っています。米子に家を持つ事の幸せを味わっています。
近年、Iターン、Uターンが増えている現象に私も納得しています。現に息子の同級生達も卒業時は皆、都会の一流企業に就職したのに2、3年で辞めて地元に帰ってくる若者が多いのです。いずれ帰りたいと言っている若者も多いのです。人生の生き甲斐、何が幸せで何が豊かなのか価値観は人それぞれですが、地元が元気になるにはやはり若者がいて色々な発想をする人が出て来る事だと思います。
全国で一番暮らし易い市、米子市を皆様も実感してみませんか?

※経済産業省生活コスト「見える化」システム参照

2017年4月

先月号で、人生には分岐点がありそのどちらを選ぶかどうかで進む道は違ってくるけど…それが合っているかどうかは…別の問題で、その都度信じて進み、又、その都度考える…というような事を書きました。

人生は決してこの道を進めば大丈夫という事はなく、何度も分岐点が出て来ます。そしてこっちの方に進めば良かった…という事はなく、選ばなかった道とも又、出会う事もある…という事も知っています。

だから、こちらを選ばなければ良かった…とか…あっちを選んだ方が良かった…などという事はなく、悩まなくて良い…という事も知っています。

人生は後悔等なく、全て自分の経験だと思います。もちろん、良い事ばかりではなく、一見、悲しく、悔しく腹立たしい事にも沢山出会います。

でも…でも…結局、自分が未熟だった故に起きた事がほとんどです。なので、起きた現象は全て自分の経験として糧にして行けば、必ず成長しています。

私は、自分の人生まだ60年ですが…そういう経験を積み重ねて今日まで来ています。これから先もまだまだ沢山の経験に出会うと思いますが、全て自分をステップアップさせる為の現実だと思えば、次に来る現象が楽しくもなります。

人生の分岐点は、いつもその事を教えてくれます。

春の桜は、そんな人生を振り返る心休まる花だと思っています。

桜を見ましょう!!

2017年1月

新年明けましておめでとうございます。今年初めての純子のひとり言です。

年の初めに私がいつもしている事は、やはり、今年一年の望み計画を立てる事です。

私は昨年60歳になり、60代になりました。

十年ひと昔と言いますが、私も30代、40代、50代と十年区切りで人生を考えて来ました。そして、私の中ではこの50代の十年が一番激動!?でした。人には良い時期、低迷する時期があり、人それぞれで違います。私は元来自分が輝ける?発展する時期は50代と考えていました。なので、30代40代の時私の中では低迷していた時期ですが、その頃今の自分を想像していたか?と言うと…実は希望的な思いも含めて想像していました。そう言うと何かうぬぼれの様にも聞こえるかもしれませんが、実は私、人生で一番悩んだ時期、20代半ばに二つの岐路があり、どっちを選ぶかすご~く悩みました。一つは就職の為に帰って来た米子でしたが、このままではいけないと思い再度大阪に出て勉強をし直す事、もう一つはそのまま米子に残る事、その二つを真剣に悩みました。

その時、自分で答えを出すことが出来ず、その当時一番流行っていた大阪梅田にある占い横丁のあるおばあさんの占いがとても良く当たるという評判につられ、わざわざ会いに大阪に行きました。何ともミーハーなノリですが、その時はとても真剣でした。今でも本当によく覚えていますが、その事が私の人生を変えた!?いや決めたと言っても過言ではありません!!半分、私は家を出て大阪に出直すつもりでそのおばあさんの言葉を聞きました。

そのおばあさんは、私の生年月日と易と手相から色々な言葉をくれました。その事がそう!私にとっては良い事づくめで、すごく自信をなくしていた時期だったので、その言葉が天の声のように聞こえ、それをまるまる信じよう!!と決めました。

そして結局、大阪行きを辞め、米子に留まり、その二か月後に主人と知り合い結婚に至ったのですが…こう書くと主人に出会うという占い!?と思われるかもしれませんが、そういう事ではなく、確かに主人と結婚してこの高下家に入ってからきっと私の人生は変わりました。そしてその占いの時私が何を信じたか?と言うと次の言葉でした。

「あなたは人生後半がすごく良い。年取る程に恵まれ幸せになるよ!!」あの当時の私にとっては本当にうれしくて「そうだ、私は若い時苦労しても年を取ってから輝くんだ、恵まれるんだ!!」と思い込もうと決めました。その言葉を励みに私はどんな苦しい時も大丈夫!大丈夫!とその強い思いで30代40代を過ごしました。そして、50代になった時、大きな転機が訪れました。そして十年、それまで私が色々考えていた事が表現できる様になりました。

60代になった今。私が若い頃、そう20代の頃は老後という言葉は60代を意味していました。これからの十年が私にとっては益々楽しみです。

物事を大きく捉え、その先に来る物を強く強く信じていく事、そして自分の人生は信念を持ち自分が掴む事、という事を私は自分の過去を振り返り考えています。60代、これからも益々楽しんで進もうと思っています。